森のアウロラ姉さん





熊吉が死んだって話を聞いたのは一昨日のことだった。
あの日はひどく晴れてたっけなあ。雪解けで俺たち熊はみんな冬眠から目覚める頃だった。
俺も眠い目擦りながら冬眠から覚めてみると、何やら森の中が騒がしいんで白ウサギの野郎に話を聞いてみたのさ。そしたら白ウサギはビビって震えながらこう言うんだ。
「熊吉が殺された」って。
俺は馬鹿げた嘘だと思った。あの熊吉が殺されるはずがない。
「おい、白ウサギ。くだらねえホラ吹いてっとぶっ殺すぞ!」
俺がそう言うと白ウサギは悲鳴を上げて草むらの奥へ逃げて行った。
「ったく……。寝ざめのわりい新年だぜ」
そんなことをボヤキながら川へ鮭でも食いに行こうかと思ったら、熊枝がいた。熊枝は相変わらず可愛い奴だぜ。俺のお気に入りさ。
「やあ、どうした。鮭なら俺が捕まえてやるよ」
俺は熊枝にとびきりでかい鮭をプレゼントしようと思った。だが、熊枝は腹が下しそうになるほど水をガブガブ飲みながら、確かにこう言ったんだ。
「熊吉が殺された」と。
どういうことだ?
確かに熊枝の寝起きは最悪だが、こいつは誰かに嘘を吐く趣味なんてねえ。俺が熊枝に問いただすと、「熊吉が“ニンゲン”に殺られた」とだけ言って、また水をガブガブ飲み出した。
「熊吉が死んだなんて……」
俺は信じられなかった。あいつはちょっと抜けてたところもあったけど同じ鮭を食った仲間さ。俺と熊吉は兄弟だ。俺は憂さ晴らしに森の木をガリガリ引っ掻い てマーキングすることにした。すると熊三郎の縄張りの方からニンゲンの声が聞こえた。こいつらは最近ここら辺に来た得体の知れない連中だ。何やら空から 降ってくる煙を吐き出す気味悪い物を持ち帰る習性があるらしい。せっかく拾ったのに、すぐまたここに落として拾いに来る……まったく馬鹿な奴らだと思わね えか? 奴らはいつも「ニパー! ニパー!」って声を上げて森の中を歩いてくる。どういう意味なんだか……別に知りたくもないがな。その日も相変わらず 「ニパー! ニパー!」って声がした。俺は何も考えられずに、ただ熊吉の仇を討つために走った。

臭跡を辿ると、木陰から覗くと一人のニンゲンがうずくまっていた。どうやら群れとはぐれちまったらしい。他の人間よりやや図体はでかいが、俺が2本足で立った時に比べりゃ全然低い。それに弱っているみたいだ。楽勝。
「ガオォォオオー!!!」
俺はドスの利いた咆え声で脅しかけた。ちなみにこれで大抵のニンゲンどもは地面に伏せて固まっちまうか、しょんべん漏らして逃げ出すかだったな。だが、奴は違った。俺の声を聞くと、のそりと起き上がりこう言った。
「くま……? くま……くまだ……。くま鍋だ……!!!」
ニンゲン語の意味なんか分かんねえよ。ただ俺は戦慄した。ああ、初めて腰が抜けるって感覚を味わったぜ。あいつの眼ときたら、狂った狼みたいにギラついて て……完全にイカれてた。そして俺は確かに見た。奴の頭から狼の耳が……そして狼の尻尾が尻から生えてくるのをっ!
ヤバイ!
熊の本能がそう告げてたね。奴は「血祭りに上げてやる」とかなんとかぶつぶつ意味不明なことを言いながら、

「恨むならニパを恨め」

最後にそう言ったのを合図にいきなり突進してきた。弱肉強食の世界に生まれてきて5年、初めて背を向けた瞬間だったぜ……クソっ。奴は驚くほ無駄なく、冷 静に、そして正確に追いかけて来た。殺すことに何の躊躇もしないイカレ野郎の動きだ。ただ殺すだけを目的にした、洗練された動きと言ってもいい。俺は狂っ たように逃げ回ったさ。
(森の中ではまだ分があるはずだ……!)
それだけを頼りに木々や草むらを潜り抜けながら、必死に走った。だが奴の呼吸は乱れることなく、それどころかどんどん機敏に動いていく。もはや振り返った瞬間、俺は凍りついてしまうだろう。次の瞬間には、ジ・エンドだ……。
(動け、俺の4つ足!)
そう思った時、俺は雪の深みにはまっちまった。
{もうだめだ! 背後から奴が迫ってくる! その時だった……!)

「たいちょー。何やってんですかそんなところで?」
「む……。なんだお前たちか」
「もうニパさんは回収しましたよ。帰りましょ」
「そうか、よくやったな。それよりお前たち……」
「?」
「何か食糧を持っていないか? サルミアッキでもいいぞ」
「ったく、たいちょーってば!」
そう言いながらそこへ来た奴らはどこかへ行っちまった……。

ふう。まったく、こんな嫌な話はこれっきりだぜ……。
んじゃ、あばよ!


そうそう最後にあの野郎がこんなことを言ってたっけ。
「ニパは命が何個あっても足りないな!」
ありゃどういう意味だ? まあ……別に知りたくもないがな。