ロロリリロロリ!!!

◇◇◇ 01 ◇◇◇◇◇◇◇

/B しとらん亭前

【翼】
「な、んだと……?」

昼過ぎ、小腹が空いた俺はしとらん亭へ甘味を求めて来たのだが……

店の前には達筆で「休業」と書かれた看板が立っている。

【翼】
「まさか、しとらん亭が営業しとらんとは……」

休業、きゅうぎょう、キュウギョウ、KYUGYO。

もはや「休業」の文字がゲシュタルト崩壊しそうなほど、滴る汗を拭うことも忘れて立ちすくむ。

だが、そんなことをしていてもケーキセットで満たされるはずだった俺の胃が現実へと引き戻した。

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【翼】
「……仕方ない、コンビニで何か買って帰ろう」

ケーキセットの味を未練がましく想像しながら、俺は帰路へ着くことにする。

【奏】
「し、新庄さん……? どうしたんですか?」

【翼】
「ん?」

不意に聞き覚えのある声が背後から聞こえた。

/T 奏

【奏】
「えと、こんにちは……」

【翼】
「ああ、奏ちゃん。こんにちは」

振り向くと、しとらん亭のマスターの娘である烏丸奏ちゃんがいた。

慌ててカチューシャの位置を整える姿を見ると少し微笑ましい。

【奏】
「あ、あのっ、もしかして今日はしとらん亭に……?」

【翼】
「うん、でも今日は休業みたいだね。ちょっと残念だな」

【奏】
「すみません……せっかく来ていただいたのに」

【奏】ちゃんが深々と頭を下げる。

【翼】
「いや、そんなつもりじゃなくて! 悪いのは、あのケーキセットがおいしすぎるせいで……いや、悪いのはいつでも店が開いていると思い込んでいた俺で……」

なぜかしどろもどろになってしまう自分が恥ずかしい。

奏ちゃんがあまりにも申し訳なさそうにしているからだろうか……

【翼】
「と、とにかく……休日に店を閉めるなんて、どうしたの?」

【奏】
「実は、お父さんが全日本和菓子協会に出席しているんです」

全日本和菓子協会……なんだかしとらん亭が急にビッグになった気がする。

だから烏丸さんの胸もあんなに大きく……って何考えてんだ俺は!

【翼】
「そ、そうだ、烏丸さん……お姉さんは?」

【奏】
「お姉ちゃんはお店が休みだから、つばめさんと一緒にお出かけに行ったみたいです」

【翼】
「そっかぁ……」

心の片隅では烏丸さんと休日の午後を過ごしたいという淡い想いが頭をよぎるが、すぐに打ち砕かれてしまった。

【翼】
「暇だなぁ」

やりきれない気持ちが募り、つい独り言を口にしてしまう。

【奏】
「え……、じゃ、じゃあ……」

/T 奏赤面

【奏】
その……もし、もし……もしっ、お暇でしたら……一緒に……お、お買い物に行きませんか?」

【翼】
「買い物?」

ずっと自分の爪先辺りを見たままの奏ちゃんの表情は見て取れない。

だが、口調から相当緊張していることだけは分かる。

【奏】
「わたし、今から、ば……晩ご飯の買い出しで、それでお姉ちゃんに頼まれてっ。お姉ちゃん、きょ、今日は出かけてるから……だからで、できたら新庄さんも来てくれたらいいなって……」

【奏】
「ご、ごめんなさいっ……! やっぱり晩ご飯の買い出しなんて迷惑ですよね……」

誘った手前すぐに否定的になってしまう奏ちゃん。

まあ、断る理由なんて特にないし。

【翼】
「俺は別に構わないけど」

【奏】
「え……?」

【翼】
「晩ご飯の買い出し、荷物持ちくらいにはなれると思うよ」

【奏】
「い、一緒に来てくれるんですか!?」

【奏】ちゃんは頬を林檎みたいに赤くして驚いた。

【翼】
「うん、どうせ暇だし」

【奏】
「えと、その……ありがとうございますっ」

【奏】
「新庄さんと一緒……やったっ」

◇◇◇ 02 ◇◇◇◇◇◇◇

/B 集落の中の道1

/T 奏

とにかく、午後の予定は埋まったわけで。

【奏】
「て、天気が良いですね」

横に並んで歩く奏ちゃんは相変わらず俯いたままでいる。

【翼】
「うん。でも最近は良すぎて、ちょっと自重してほしいぐらいだよね……」

空にはソフトクリームみたいに真っ白な入道雲が浮かんでいた。

ああ、ケーキセットもいいけど、冷たくて甘いアイスもいいよなあ……

【奏】
「新庄さんは、好きな食べ物とかありますか?」

【翼】
「う~ん……何でも好きだけど、今はソフトクリームが食べたいかなぁ」

【奏】
「わ、わたしは辛い物が好きです。カレーとかが好きで、でも家族はみんな甘い物が好きなんですけど」

【翼】
「そっか……」

気のせいか、先ほどから奏ちゃんはやけに一生懸命だと思う。

男の人と二人きりなんて恥ずかしいはずなのに、会話を絶やそうとしない。

そんな奏ちゃんといると俺自身もなんだか妙な気分になってしまう。

なんだろう、この気持ちは?

【翼】
「……それにしても奏ちゃん、今日は機嫌がいいね。どうしたの?」

/T 奏赤面

【奏】
「べ、別に、なんでもないですっ!」

;少し焦った風に
【奏】
「わたしのことなんかより……し、新庄さん、好きな飲み物はありますか?」

;ワイプ

その後も質問攻めに会いながら、俺はいつもと違う奏ちゃんにどうかしたのかと訪ねたが、その度に「好きな天気」だの「好きな動物」だのではぐらかされてしまった。

/S 移動スーパーのスピーカー音

そうこうしていると耳に届いてきた旧世代の拡声器の音。

【奏】
「あ、黒沢屋だ。新庄さん、ちょうどいいから買い出し済ましちゃいましょう」

【翼】
「そうだね」

【奏】
「あれ? でも、今日はつばめさん、バイトお休みだったはずじゃ……」

/T 奏立ち絵消す

;ワイプ

【翼】
「すいませーん」

【???】
「ん……」

移動スーパーを呼び止めると、中から見知らぬ女の子が出てきた。

【???】
「……へいらっしゃい」

見るからに年端のいかないだが、法律的に許されるのだろうか……

【翼】
「こんにちは。黒沢屋のお手伝い、かな?」

【???】
「アルバイト。いつもはお店の方ではたらいてる」

【翼】
「へぇ~偉いんだね」

でも、やっぱり法律的にアウトだろう……

【翼】
「俺は美春学園の2年、新庄翼。君は?」

【???】
「月代奈々璃」

/T 奏立ち絵戻す

【奏】
「奈々璃ちゃん……かわいい名前だね」

【奏】
「わたし、烏丸奏。よろしくね」

差し出された奏ちゃんの手を握る奈々璃ちゃん。

【奈々璃】
「ん……よろしく。つばさくんと……奏ちゃん……」

【翼】
「ところでその制服、この辺では見たことがない制服だね」

【奈々璃】
「あたし、隣町から来てる……」

【奈々璃】
「ちなみに学年はつばさくんと一緒」

【翼】
「俺と同学年!?」

【奏】
「え……ってことはわたしより年上……!? その、えと……し、失礼な言葉遣いでごめんなさいっ!」

正直、俺も奈々璃ちゃんって呼びそうだった……

月代さんの爆弾発言に、奏ちゃんは自分の行いを謝罪をする。

でも月代さんには失礼だけど、彼女の容姿は誰が見ても俺と同じ学年には見えないと思う……

【奈々璃】
「気にしてない」

【奏】
「ど、どうしよう……わたし、初対面で、年上の人に失礼な事言っちゃった……。本当にごめんなさいっ」

それでも奏ちゃんは恐縮しまくる。

/T 奈々璃の疑問顔

奈々璃
「ん……。全然気にしてないから、大丈夫」

ひたすら謝る奏ちゃんに、月代さんは何が起こっているのか分からず小首を傾げる。

【奏】
「はわわわっ……。どうしよう……」

奈々璃
「……ん?」

慌てふためく奏ちゃんを見て、月代さんの頭の上には疑問符が浮かんでいた。

◇◇◇ 03 ◇◇◇◇◇◇◇

;焦ったように
【???】
「おまわりさんっ。ここです! ここに犯人がいます!」

その時、突然急迫した女性の声が聞こえた。

なぜか自分が悪いことでもしたかのように驚いて振り向いてしまう俺。

/T 美羽登場、奈々璃・奏は消す

【翼】
「なんだ、美羽か……。驚かすなよ」

/T 奈々璃戻す

;嬉しそうに
【奈々璃】
「あ、美羽ちゃんだ」

なぜか月代さんが美羽の名前を呼んだ。

【美羽】
「久しぶりですね、奈々璃」

美羽も親しげに答える。

どういうことだ……?

二人の自然な仕草からして明らかに初対面ではないことは分かる。

【翼】
「もしかして月代さんと知り合いなのか?」

【美羽】
「愚問ですね……あたしと奈々璃はマブダチです。そうですよね、奈々璃?」

美羽が奈々璃に向かって見たこともない爽やかな微笑を向けた。

だが、俺はその直後、薄らと瞼を開いた悪魔のような笑い方を見逃さない。

胸がざわつく。

【翼】
「み、みみ、美羽が黒沢屋に用があるなんて珍しいな?」

【美羽】
「はぁ……。なんですかその言い方は。それじゃああたしが休日の昼間から家に籠もってエロゲーしかしない廃人みたいじゃないですか。まあ、当たってますけどね」

【翼】
「いや、そんなこと一言もいってないぞ……あと余計なカミングアウトもしなくていいからな」

/T 美羽ジト目

【美羽】
「それより先輩」

/T 奏戻す

不適な笑いを浮かべた美羽が、俺と奏ちゃんと月代さんを露骨に眺め回す。

嫌な汗が流れた。

ゴクリと音を立てて唾を飲む。

;いじわるそうにねちっこく
【美羽】
「随分と、ロリっ子に懐かれるんですねぇ~?」

【翼】
「なっ……! 俺はただ奏ちゃんの買い出しに……!」

【美羽】
「謙遜しないでください。古くからロリは紳士の王道スタイルですよ? 新庄先輩もいい趣味してますねぇ……じゅるり」

【翼】
「だから違うって! たまたましとらん亭が休みで、俺は付き合いで来てただけで……!」

【美羽】
「必死に否定するところがますます怪しいです。やっぱり新庄先輩は生まれながらのナチュラル・ボーン・ロリコン紳士だったんですね?」

【翼】
「なわけあるか!」

【美羽】
「それにしても奈々璃にまで食指……いえ、触手を伸ばすとは……。さすがのあたしも新庄先輩のロリコンっぷりにはいささかの戸惑いを禁じえません」

【奈々璃】
「ろり、こん……?」

月代さんが澄んだ瞳でジっと俺を見つめる。

【奏】
「新庄さん……」

奏ちゃんは心配そうに状況を見守る。

【翼】
「ち、違う違う! 断じて違うから!!」

このままだと二人に本気で勘違いされかねない。

【翼】
「とにかく、俺はそんなんじゃない!!」

【美羽】
「なら新庄先輩がロリコンじゃない証拠を見せてください。その溢れんばかりのロリポテンシャルを否定できるほどの証拠をっ!」

【翼】
「ぐぬっ……!」

悔しいが俺の嗜好が正常だということを今すぐに立証できるものは何もない。

【美羽】
「はぁ……。やっぱり新庄先輩にはロリコンという名誉高い称号を捨てる勇気はないんですね?」

美羽は盛大にため息を吐いた。

このまま俺はロリコンというレッテルを貼られて生きていくのか……?

否、断じて否。

【美羽】
「さあ、見せてください。新庄先輩がロリコンじゃないという証を!!」

【翼】
「わ、分かったよ……この一般男子を代表して曲がった世の中の偏見と差別から解放してやる!!」

俺がそう叫ぶと、美羽は再びニヤリとほくそ笑んだ。

【奈々璃】
「ろりこん? つばさくんは、ろりこん?」

【奏】
「あの、わたしたちはどうすればいいんでしょうか……?」

【美羽】
「二人には少々協力してもらいます。しかし……」

美羽は眩しそうな顔で辺りを見回す。

【美羽】
「ここでは、カタギの目がはばかられますね……。場所を変えましょう」

【翼】
「分かった……」

/T 立ち絵消す

美羽は俺達を引き連れて移動しようとする。

/T 奈々璃

【奈々璃】
「あ、美羽、ちょっと待って……」

/T 美羽

【美羽】
「どうかしましたか、奈々璃?」

【奈々璃】
「あたし、まだバイト中だった……。だから、今日は一緒に遊べない。ごめん……」

【美羽】
「大丈夫ですよ、奈々璃。今日はどうせ誰も客は来ませんから。それにこれは遊びじゃないんです!!!」

月代さんと奏ちゃんの肩をポンと叩くと、美羽はニヤリと怪しく笑った。

何とも不気味な表情だ……

【美羽】
「そう、これは先輩の治療のためなんです。むっふっふっふっふっ」

/T 奏

;奏ちょっと楽しそうに
【奏】
「ちょっと不安だけど……わ、わたし頑張りますっ!」

◇◇◇ 04 ◇◇◇◇◇◇◇

/B 生活部部室

/T 美羽

【翼】
「で、なんでここに来るんだよ」

【美羽】
「もちろん、一番人目に付かない場所だからです」

【翼】
「……なんかお前、犯罪者みたいだぞ」

【美羽】
「はあ……? これから犯罪者予備群になりかねない人に言われる筋合いはないのですが」

【翼】
「お前、さっきは紳士の王道スタイルとか言ったよな……」

/T 奏

【奏】
「あの、美羽先輩。何してるんですか?」

俺の言葉を無視して、美羽は先ほどから部室のロッカーを漁っている。

【美羽】
「確か、ここに置いておいたはず……。あ、あった」

振り向いた美羽が手に持つのは一束のカード。

/T 奈々璃 瞳キラキラ

【奈々璃】
「それ……。もしかして……トランプ?」

なぜか月代さんが目を輝かせる。

【美羽】
「いえ、カルタです」

【奏】
「カルタ……?」

【奈々璃】
「カルタ、やりたい……!」

【美羽】
「新庄先輩、これで勝負です。もしあたしに勝てたら先輩がロリコンではないことを認めましょう!」

【翼】
「それ、明らかにロリコン関係ないだろ!?」

【美羽】
「ところがどっこい、カルタとロリコンは宇宙の因果律で大いに関係があるのですよ……」

【奈々璃】
「カルタ……カルタ! カルタやりたい!」

月代さんは、もはやRPGなら主人公の仲間にしてくれと懇願するモンスターのような瞳で美羽を見つめる。

【美羽】
「今回はあたしと新庄先輩の一騎打ちです。奈々璃は大人しく見守っていてください」

【奈々璃】
「あたし、カルタできない……の?」

美羽に断られた月代さんは見るからに淋しそうな顔をする。

【美羽】
「案ずる事なかれ、カルタには読み札を読む人が必要になります……」

【美羽】
「そこで、奈々璃と烏丸烏丸先輩の妹さんには読み手をやっていただきたいと思います」

【奏】
「えぇえ……!? わ、わたしできるかな……」

【美羽】
「無論、あたしから対戦方法を一方的に決めたので先輩にとっては不利な戦いになるでしょう」

【美羽】
「勝負がフェアになるように、あたしは二人が完全に読み終わるまで取り札に手を付けません。これでどうですか?」

【翼】
「う~ん……そうは言われても」

カルタなんてアナログなゲーム、俺はやったことない。

……まさか、実は美羽がカルタのプロで俺を陥れようとしているとか?

いや、こんな風流な遊びを美羽が好きなはずかがない。

だがしかし――

【美羽】
「……もしかして逃げるんですか?」

【翼】
「何だとっ!?」

【美羽】
「新庄先輩は、自分が真正のロリコンだから、ハンデまで与えられているのにカルタじゃ勝てないというのですか?」

【翼】
「そっ……そんなわけないだろ!!」

……カルタのルールは知っている。

読み手が読んだ文章の頭文字が書いてあるカードを取り合うだけだ。

恐らくこのゲームに素人も玄人もない……たぶん。

少なくとも美羽の反射神経が異常に速い、ということはまずないだろう。

冷静に考えればこの勝負、俺に分があるはずだ。

水泳部で鍛え上げた瞬発力を見せてやる!

【翼】
「よし、受けてたとう」

【美羽】
「やっとやる気になりましたね」

;ワイプ

と、言いたいところだが……

【翼】
「ちょ、ちょっと待ったぁ!!!!!!」

【美羽】
「どうかしましたか?」

俺の意識は別の意味でカルタに集中してしまう。

【翼】
「なんなんだよ、このどうしようもなく不健全なカルタは!?」

2つの机をくっつけて、その上に重ならないように綺麗に並べられたカルタ。
問題は、その絵柄である。

【奈々璃】
「ぜんぶ女の子……」

しかもボーダーラインすれすれの際どい絵は限りなく18禁に近い。

何よりどの絵もやたら等身が低いというか、胸が薄いというか……

いずれにせよ、これをカルタと呼ぶのは世の中のカルタに失礼な気がする。

って言うかこれ、本当にカルタなのか……!?

【美羽】
「ふっ、よくぞ聞いてくれました……。これぞ旧時代の遺産、ロリコンカルタです!」

【美羽】
「あ、安心してください。中古ですがディーガルで手に入れたので消毒済みですよ? それにしても、昔は雑誌の付録としてこんなに素晴らしいアイテムがあったんですね……」

【奏】
「わぁ……。パ、パンツ穿いてない……」

;霰(あられ)
霰もない女の子の絵と俺の顔を交互に見て奏ちゃんが赤面する。

【奏】
「し、し、新庄さんも、こういうのが好きなんですか……?」

【翼】
「いやいや、これは美羽の所有物で、俺は好きでも何でもないってば!!」

もはや俺の使命はカルタ云々ではなく、眼前の準猥褻物をいたいけな女の子たちの目の届かない場所に撤去する必要があった。

【翼】
「おい、美羽っ! さっさと始めるぞ!!」

【美羽】
「望むところです。では、奈々璃と奏ちゃんは読み札を交互に読んでください」

;奈々璃、奏は一緒に応答

【奈々璃】
「……あいあいさー」

【奏】
「わ、分かりましたっ」

;ワイプ

最初の読み手は月代さんだ。

が、なぜか月代さんはカードではなく俺をじっと見つめている。

【奈々璃】
「なにしたい?……あたしのからだ、まだちっちゃくて胸もこんなだけど、お兄ちゃんのためならなんでもするよ?」

【翼】
「え……」

お、お兄ちゃん……?

月代さんの思わぬ不意打ちを食らい、動揺が隠せない。

それにしても、お兄ちゃんか……

【美羽】
「もらったぁ!」

と、突如、美羽が机の上に伸びた。

【翼】
「ちょっと待て! 月代さんはまだ読んでないぞ!?」

平然と取り札を押さえている美羽。

【翼】
「ったく……自分から言い出してカルタのルールも知らないのかよ」

【美羽】
「はあ……? 何を眠たいことを言ってるんですか?」

美羽は呆れたようにため息を吐いて、取り札をつまみ上げた。

そこには懇願するように見上げる女の子の絵がデカデカと書かれている。

【美羽】
「ほら、「な」ですよね?」

【翼】
「なにっ!?」

始めから嫌な予感がしていたが……

盲点だった。

このカルタ、取り札が取り札なら、読み札も読み札だ。

【翼】
「つまり、さっきの月代さんの言葉は……」

【奈々璃】
「わたし、読むのちょっとおそいけど……がんばる」

ご満悦の月代さんは自分が発した言葉に全く自覚がないようだった。

【美羽】
「ふっ……」

まるで悪代官のように頬の端を吊り上げて美羽が笑った。

【美羽】
「さあ、次は妹さんの番です」

【奏】
「は、はい!」

急かされた奏ちゃんは月代さんから読み札の束を受け取る。

【奏】
「って、え、えぇええ!? こ、こ、これを読むんですかっ……?」

読み札を見た瞬間、奏ちゃんはコンマ1秒で真っ赤に顔を染めた。

【奏】
「あの……新庄さん、耳塞いでてくれませんか?」

【翼】
「それじゃあ俺が確実に負ちゃうよ!」

【奏】
「うぅぅ、分かりました……」

【奏】で
「は……、は、は……」

チャンスだっ!

奏ちゃんが言い淀んでいる内に、俺は「は」の取り札を必死に探す。

;恥ずかしい反面、少しやけになった感じで
【奏】
「は、早くおっきしてくれないと、お布団の中で、い、一緒に寝ちゃうんだからね!? ねえ、早くおっきしてよぉっ!」

ぐわぁぁあああああ!!
やめてくれ、一気に集中力が……!!!

【美羽】
「そこだぁ!」

奏ちゃんが読み終わると同時に美羽が取り札を払った。

【美羽】
「ふっ。甘いですね、先輩」

【美羽】
「あーそうか……。もしかして、新庄先輩は奏ちゃんの声で興奮して集中できないんですか?」

;少し嬉しそうに
【奏】
「え、そんな、新庄さん……」

美羽が人差し指と親指に挟んだ「は」の取り札をひらひらと振る。

【美羽】
「否定はしませんよ。この状況、ロリコンにはたまらないでしょうからね……。あ、なんなら録音しますか?」

【翼】
「するか!!!」

心を無にしろ。
考えるんじゃない、感じるんだ。

【美羽】
「それにしも、ちゃんとツンデレっぽく言えてましたね。どうですか新庄先輩、こんな奏ちゃんもいいでしょう?」

【翼】
「うるせえ! こ、ここから挽回してやる!」

【翼】
「月代さん、次読んでください!」

奈々璃
>「ん……」

まだ2枚目。

クールになれ、勝負は始まったばかりさ。

【奈々璃】
「せんぱいのがんばってる姿見てたら、あたしもいっぱい汗かいちゃいました……ほら、こんなにびしょびしょ……」

だぁぁぁあああああ!!!

水泳部のマネージャーになった月代さんが脳内再生されてしまう!!!

;S ビシっと叩く音
【美羽】
「見切った!」

【美羽】
「3枚目ゲットです」

美羽は得意げに「せ」のカードを見せつける。

侮っていたぜ……

こんな子供だましのカルタが、こんな破壊力を持っているなんてな……!

心頭滅却!!!!!

【翼】
「奏ちゃん、次!」

【奏】
「そ、そんなっ……わたし、まだ心の準備がっ」

【翼】
「大丈夫! 今度は全部読み終わる前に俺が取るから!!」

【奏】
「は、はいっ!」

所詮は音声の羅列だ。

一番最初の文字だけに集中しろ、俺!

【奏】
「ぬ、ぬるぬるしてるぅ……でもあたし、これ大好きっ。、す、すっごく気持ちいいんだもんっ……」

もぉぉぉおおおおおおおおお!!!

俺の想像力、自重しろ!!!!

【美羽】
「はっ!」

【翼】
「次!」

【奈々璃】
「わらわのみじゅくな四肢はすべてそなたのくもつとなるのじゃ……たんと召し上がるがよい」

【美羽】
「てやっ!」

【翼】
「次ぃ……!」

【奏】
「いやぁ……兄様っ。そ、そんなに激しくなされては、こ、壊れてしまいますぅ……」

【美羽】
「もらったっ!」

【翼】
「つ、つぎぃ……」

【奈々璃】
「もれちゃいそうだよっ。もう、がまんできないの……で、出ちゃうよぉっ……溢れちゃうよぉ……」

【美羽】
「そこだっ!」

【翼】
「つ……ぎ……」

【奏】
「……うち、ず、ずっと先生のこと好いとったんよ? だから最後に、うちの、は、はじめては先生が奪ってくんろ……」

【美羽】
「食らえぇ!」

【翼】
「っ……ぎ……」

;ワイプ

…………
……・・・
……

;棒読みで
【美羽】
「結果発表~」

【美羽】
「40対6で、あたしの勝ちです」

【奈々璃】
「おぉ~。美羽ちゃんすごい」

/T 顔赤らめる
【奏】
「…………」

終わった……色々と。
俺のHP(ヒットポイント)はとっくに尽き果てている。

【美羽】
「新庄先輩……」

美羽は俺の肩に手を載せて、短くため息を吐いた。

【美羽】
「やっぱり、ロリコンだったんですね?」

ロ……リコン……?

俺は、ロリコンなのか?

;意を決したように
【奏】
「し、新庄さんはロリコンなんかじゃありません!」

そうか……

奏でちゃん、俺、気付いたよ。

本当に大切なこと……人を愛することに年齢なんか関係ないってことに。

そうだよね、奏ちゃん?

;文字拡大
【奏】
「ちょっとだけ、小さい女の子にも興味があるだけです!」

えぇぇぇええええ!!?

【美羽】
「それをロリコンって言うんですよ!?」

美羽までも珍しくツッコミに回る。

【奈々璃】
「つばさくん、小さい女の子すき?……あたしのことも、すき?」

【翼】
「いや、好きだけど、性的な意味では別に好きじゃない!」

お父さん、お母さん、ごめんなさい。

僕は嘘を吐きました。

/T 哀しそうに
【奈々璃】
「じゃあ、きらい?」

そんな哀しげな眼で俺を見ないで。

【翼】
「友達として好きってことです!」

【奈々璃】
「友だち……。あたしとつばさくんは、もう友だちになれた?」

【翼】
「うん。奏ちゃんも、友達」

【奈々璃】
「よかった」

【奏】
「こ、これからもよろしくお願いしますっ」

慌てて奏ちゃんがお辞儀をする。
これで大団円……

【美羽】
「はぁ……。なんか丸く収めようとしてますが、新庄先輩がロリコンだってことは永久不変の事実ですから」

美羽が氷のような微笑を浮かべる。

背筋が凍りそうだ。

端的に言えば、ヤバイ。

【翼】
「おっと、奏ちゃん! そう言えばまだ、買い出しを済ましてなかったよね!? こうしちゃいられない、今行こう! すぐ行こう!!」

【奏】
「え、えぇ!?」

/T 奏消す

【翼】
「そうだ、月代さんも一緒に行こう!」

【奈々璃】
「つばさくん……あたしのこと呼ぶときは、奈々璃でいい」

【翼】
「奈々璃、行こう!」

【奈々璃】
「ん……」

/T 奈々璃消す

【美羽】
「ちょっ……ちょっと待ってください! あたしも一緒に行きます!」

/T 美羽消す

俺達の夏はまだ始まったばかりだ。

;おわり